写真で振り返る栃の葉国体
写真で栃木国体(栃の葉国体)を振り返る
令和4(2022)年10月にいちご一会とちぎ国体が開催され、上三川町ではフェンシング競技を実施します。前回の昭和55(1980)年に開催された栃木国体を写真とともに振り返りながら、国体を盛り上げていきましょう。写真で振り返る栃の葉国体(9)
炬火は、上三川町内15.5kmを10区間に分け、合計170名のランナーがリレーしました。その後、開会式前日に県庁で集火され「とちぎの火」となり、開会式当日に県庁を出発して開会式会場に到着しました。- 第7区:農協上郷倉庫~本郷小学校(青年17名)
- 第8区:本郷小学校~馬術競技場入口(本郷小12名、坂上小5名)
- 第9区:馬術競技場入口~農協西汗倉庫(青年17名)
- 第10区:農協西汗倉庫~農協磯岡倉庫(青年17名)
- 総合開会式「とちぎの火」
写真で振り返る栃の葉国体(8)
栃の葉国体の炬火リレーでは、町内の小中学校及び事業所や青年団等から代表者を選出し、町内約15.5kmをリレーしました。リレー隊の一区間の編成は17名とし、できるかぎり同一年齢層で編成することが望ましいとされていました。リレーする物品は、炬火、予備トーチ、県旗、大会旗、シンボルマークです。下の図のような隊列でリレーしました。- 炬火リレー隊列図
- 引継地付近
- 上三川小付近
- 第4区:上三川小~上三川町役場(本郷中17名)
- 第5区:上三川町役場~日産上三川寮(上三川小17名)
- 第6区:日産上三川寮~農協上郷倉庫(青年17名)
写真で振り返る栃の葉国体(7)
炬火とは、オリンピックの聖火にあたるもので、会期中、選手の活躍を見守るシンボルとなります。栃の葉国体では、開会式場となる栃木県総合運動公園陸上競技場に掲揚される大会旗と炬火台に点火される炬火は、3コースに分けて県内全市町村をリレーしました。上三川町では、石橋町から「むすぶ心の火」を引き継ぎ、町内で10区間をリレーした後、宇都宮市に引き渡しました。
- 第1区:永井電機~明治南小学校(明治小9名、明治南小5名、北小3名)
- 第2区:明治南小学校~南国フルーツ店(明治中17名)
- 第3区:南国フルーツ店~上三川小学校(上三川中17名)
写真で振り返る栃の葉国体(6)
「栃の葉国体」では、花いっぱい運動の一環として、来町する選手や監督を美しい花で歓迎するため、主要な道路沿い(約16km)の清掃をおこなったほか、路肩・中央分離帯・フラワーポットに、カンナの球根やサルビアなどの植え込みを行いました。春と夏に行われた花いっぱい運動では、延べ約1,000人の参加をいただきました。特に真岡壬生線(当時)から競技会場までの手入れは見事で、遠方から訪れる人を花で道案内していたそうです。その他、競技会場には、サルビア150鉢、ベゴニア390鉢、マリーゴールド50鉢、ボサ菊610鉢、選手宿舎には400鉢、蓼沼バイパスに50鉢、駅前案内所に50鉢、役場庁舎に100鉢、合計1,800鉢の様々な花が選手・監督を出迎えました。
- 主要道路(真岡壬生線)
- 役場庁舎東側玄関前
- 競技会場(現在の蓼沼緑地公園)
- 炬火リレーのコース沿線
写真で振り返る栃の葉国体(5)
歓迎装飾は、全国各地から参加する選手・監督、役員などを、きれいな街であたたかく迎え、さわやかな印象を持ってもらうよう多くの町民の協力を得て実施しました。横断幕や懸垂幕を主要道路や駅前、役場庁舎などに設置しました。その他、市街地や競技会場にフラワーポットを設置したり、主要道路に花を植えたりするなど、多くの花により大会関係者を歓迎しました。「いちご一会とちぎ国体」では、体育センター・役場・町内小中学校に横断幕を設置しています。その他、大会会場には全都道府県の手づくり応援旗を町内小中学生やボランティアの方々に作っていただき、全国の選手をお迎えする予定です。- 役場歓迎塔(国体開催年に完成した現在の役場庁舎に歓迎塔を設置)
- 競技会場(競技会場入り口に歓迎アーチを設置)
- 主要道路横断幕(上三川中学校北側の歩道橋に横断幕を設置)
写真で振り返る栃の葉国体(4)
「栃の葉国体」では、昭和55年8月24日に上三川小学校の校庭で栃の葉国体上三川町民運動推進大会と国体50日前町民パレードが行われました。町民運動推進大会では、大会宣言の後、栃の葉国体馬術競技栃木県候補選手の紹介を行ない、アトラクションとして上三川小及び上三川中の生徒で編成された吹奏楽隊による演奏や、婦人団体連絡協議会による国体音頭が披露されました。その後、50日前パレードとして、上三川小学校-郵便局前(当時)-普門寺前-役場庁舎までのコースを練り歩きました。- 栃木県候補選手紹介
- 吹奏楽隊演奏
- 国体音頭
- パレード (上三川小前)
- パレード (普門寺付近)
写真で振り返る栃の葉国体(3)
「栃の葉国体」では、当時の栃木県馬術競技場(現在の蓼沼緑地公園)で馬術競技が行われました。馬術競技は、他のスポーツと異なり、人と、生き物である馬が一体となって競技を行うスポーツです。馬は鋭敏な感覚と自分の意志を持っており、騎手が障害を飛ぼうと思っても馬に飛ぶ意思がなければ決して飛べるものではありません。まさに人馬一体が見どころの競技です。国体では、馬場馬術競技、障害飛越競技、総合馬術競技が行われています。馬場馬術競技は、馬場内で3種の歩き方である常足(なみあし)、速歩(はやあし)、駈足(かけあし)で様々な運動を演じて、馬の調教レベル、騎手の技量を競い、技術点と芸術性評価点の合計で順位を決定します。10月13日から10月16日までの4日間で約42,200人の観客が訪れました。10月14日には、日光東照宮の協力で流鏑馬(やぶさめ)が行われました。- 成年総合馬術競技の様子
- 少年障害飛越競技の様子
- 馬術競技公開演技として流鏑馬が行われました
- 栃木県選手団の活躍により総合優勝の栄冠を勝ちとりました
- 栃木県代表の篠崎選手に日馬連会長から授与されました
写真で振り返る栃の葉国体(2)
国体の起こりは、昭和21年、敗戦のショックと戦災により、全国民が衣食住のすべてに困窮をきわめ、意気消沈しているのを見た比較的被災の少なかった関西の体育関係者から、「総合的なスポーツ大会を開いて、気力の高揚と、健康で明朗な生活を取り戻そう」との呼びかけがあり、大日本体育会(現在の日本スポーツ協会)が企画実施したものでした。昭和21年に戦災を免れた京都府を中心とした京阪神地域において第1回国民体育大会が開催されました。その後、都道府県持ち回りで開催され、昭和55年に栃木県で国体が開催されました。「東(北海道・東北・関東)」、「中(北信越・東海・近畿)」、「西(中国・四国・九州)」の3地区の輪番制で開催され、昭和63年には、二巡目の国体がスタートしました。正式競技は、競技得点の合計を競う都道府県対抗形式で行われ、天皇杯(男女総合優勝)と皇后杯(女子総合優勝)を巡る熱戦が繰り広げられます。栃の葉国体では、地元栃木県が天皇杯・皇后杯ともに獲得しました。- 総合開会式が栃木県総合運動公園で行われ、町からは婦人部の皆様が集団演技に参加しました。
- 横断幕で大会参加者を歓迎しました。(上三川小南側歩道橋)
- 会場に設けられた茶席では、大会参加者に抹茶がふるまわれました。
- 炬火リレーでは、町内の小・中学生にも協力していただきました。
写真で振り返る栃の葉国体(1)
- 現在の蓼沼緑地公園で馬術競技が行われました。
- 全国から258名の選手・監督が参加しました。
- 主要道路に花を植え、全国の選手・監督を歓迎しました。
- 上三川小・上三川中合同の吹奏楽隊が、開始式・表彰式で活躍しました。
- 炬火リレーでは町内10区間を走りました。
- 地元での国体をひと目見ようと、多くの観客が訪れました。
- 選手宿舎として日産第1アパートを使用させていただきました。
- 国体50日前パレードでは、上三川小から現在の役場まで、競技団体や協力団体がねり歩きました。
掲載日 令和4年4月1日
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ORIGAMIのまちかみのかわ 生涯学習課 国体推進班国体推進係